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チェンマイ人
「チェンマイは2度目ですが、チェンマイの人はのんびりしていて温かくていいですね。今回の訪問で、ちょっと住みたくなりましたよ」
とバンコクから仕事の打ち合わせでいらしていた夫のクライアントさん(タイ人)が仰った。
その方曰く、チェンマイの人とバンコクの人は全く違うらしい。
夫の友人で今も親しくお付き合いさせて頂いているバンコク在住のSさんがタイ人の奥様とご一緒に我が家へ遊びに来られた時も、その奥様が
「初めてチェンマイに来たけど良い所ねー。バンコクとは全然違う。何が違うって人が違う! 私の田舎はイサン(タイ東北部)で自分では結構気に入っているけど、でもチェンマイの方が良い! 将来はここに土地を買って住みたいな」
と話していた。
私もこちらに住むようになってそこそこ月日が経つが、未だにこちらの人の温かさに触れ、ハッとすることがある。
・・・妊娠していた時の話。
その時はまだ夫婦だけのお気楽2人暮らしだったので、メイドさんは雇っておらず、毎朝、運動も兼ねて市場へ買い物に行くのが私の日課だった。
市場のおばちゃん達は、私のお腹を見ると決まって
「何ヶ月だい?」
と人懐っこい笑顔で訊いてきた。
「そろそろ6ヶ月です」
と言うと、
「へぇ。お腹そんなに大きくないね。
日本に帰って産むの? それともチェンマイで?」
「チェンマイで産むつもりです」
「あら、そうかい! それはいい!
ピーマン2つおまけしとくね」
と、屈託の無い笑顔で言った。
実に気持ちのいいやり取りで、私は朝一番からいつも清々しい気分になった。
臨月を迎えたある日。
スイカを丸呑みしたようなお腹を抱え、いつものように朝の市場へ買い物に行った。
その日は朝からシトシト雨が降っていた。
お腹がペコペコだった私は、手早く買い物を済ませて家に帰りたかった。
手には、濡れた傘と財布、そして生姜、ニンニク、もやしの各袋を持ち、お釣りのお金を握り締め、お肉売り場へ向かおうとしていたその時、手にしていたお金を通路の溝に落としてしまった。
いつもならお釣りは必ずウサギの財布に入れるのだが、その日は慌てていたので、つい裸のまま握り締めていたのだ。
鉄の柵で覆われた溝の中を覗くと、クシャっと折れ曲がった100B札が落ちていた。
20Bだったらあっさり諦めただろう。
また、その溝がドロドロに汚れていたなら、やっぱり諦めたと思う。
だが、溝はキレイに掃除されていたし、何と言っても100Bだったので、うーむ、どうしたものか、と1人その場に立ち尽くし、100Bをじっと見詰めながら悩んでいた。
すると、たまたま通り掛ったTシャツに短パンといった軽装のおじさんが、
「どうしたんだい?」
と声を掛けてきた。
私の目線から溝に落ちた100B札に気付き、私が持っていた傘を「貸して」と奪い取り、傘の先でお札をつっついて引き寄せようとしたり、鉄の柵をずらそうとしたり悪戦苦闘している。
いつしかそこはちょっとした人だかりが出来ていた。
朝の忙しい時間帯に大の大人が頭を寄せて、私が落とした100B札を救出する為に柵をこっちに寄せれば良い、いやいやあっちだ等と言い合い、真剣そのもの。
タイならではというか、日本じゃとても考えられない光景。
・・・かくして、おじさんをはじめ数名の方々のご協力のお陰で、100B札は再び私の手元に戻ってきた。
私はそのおじさんに何かお礼がしたくてたまらなくなった。
気の利いたお茶菓子など持っていたら良かったのだが、手にしていたのは、生姜、ニンニク、もやしだけ。
残るはお金しかなく・・・。
手持ちのお金を見ると、100B札、50B札そして20B札の3枚だけだった。
100B札はせっかく拾ってもらったのをつき返すようで嫌だったし、20Bでは私の気持ちが済まない。
妥当な線で50B札を差し出し、
「何か気の利いたものがあればいいんだけれど、
今これしかなくて・・・、ホントにごめんなさい。
でも、本当に嬉しかったので受け取って下さい」
と言った。
おじさんは、ビックリした顔をして
「何言ってるんだい。そんなの受け取れないよ」
と言い、優しい笑顔を残して、さっと何処かへ消えてしまった。
チェンマイの良さは、緑が多い、物価が安い、気候が温暖等の生活環境の良さを挙げる人が多いが、私の場合、人(地元の人々)の良さがかなり大きな比重を占めている。
気さくで温かいチェンマイの人達のお陰で、私は心身共に健やかで安定したマタニティライフを送ることが出来た。
チェンマイ産の娘は、のんびりした空気の中、穏やかな人々に囲まれ、現在すくすく成長中だ。
娘もチェンマイ人のように、明るく優しく温かい人に育ってくれればいいのにな、と願う日々だ。
◆このコラムは月2~3回不定期の更新です。
日々の細々は うなぎ日記 から随時更新中。
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